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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)95号 判決

原告 相模観光株式会社

被告 八王子税務署長

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四九年六月一八日付でした原告の昭和四六年五月一日から昭和四七年四月三〇日までの事業年度の法人税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、不動産売買仲介等を目的とする株式会社であるが、その昭和四六年五月一日から昭和四七年四月三〇日までの事業年度(以下「本件係争年度」という。)の法人税について、原告のした確定申告とこれに対する被告の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定(これらの処分は以下「本件課税処分」という。)並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、次のとおりである。

(単位 円)

区分

年月日

所得金額

税額

過少申告加算税

確定申告

47・6・30

一六二三万七五六三

五〇〇万八五〇〇

――

更正及び賦課決定

49・6・18

一億五五九五万六九四〇

五六三五万五二〇〇

二四五万〇八〇〇

審査請求

49・8・20

一七三二万五九四〇

五四〇万八七〇〇

――

同裁決

51・4・14

一億四八二八万五四四八

五三五三万六一〇〇

二四二万〇一〇〇

2  しかし、被告がした本件課税処分は、売上(収益)計上漏れがないのにかかわらず、売上(収益)計上漏れ一億三二六三万一二〇〇円があると誤認し、原告の所得を過大に認定したものであつて違法であるから、その取り消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

(認否)

請求原因1の事実は認め、同2の主張は争う。

(主張)

1 原告の本件係争年度にかかる法人税の確定申告と本件更正処分による更正内容は、次のとおりである。

(単位 円)

区分

所得金額等

確定申告

所得金額

一六二三万七五六三

更正

(裁決を経た後のもの)

所得金額(一)+(四)

一億四八二八万五四四八

内訳

(一) 申告所得金額

一六二三万七五六三

(二) 加算金額

(1) 売上(収益)計上漏れ

一億三二六三万一二〇〇

(2) 支払手数料中否認

七五万

(3) 交際費中否認

二二六万七〇〇〇

小計

一億三五六四万八二〇〇

(三) 減算金額

(1) 交際費等の損金不算入額

一九二万八八二三

(2) 寄付金の損金不算入額

一六七万一四九二

小計

三六〇万〇三一五

(四) 差引所得金額

一億三二〇四万七八八五

2 右表のうち争いのある(二)(1)の売上(収益)計上漏れ一億三二六三万一二〇〇円について説明すれば、次のとおりである。

(一) 原告は、不動産の売買及びその取引の代理もしくは仲介の事業を営み、代表取締役筑城弥個人の主宰する同族会社であるが、昭和四六年一二月二一日に締結された訴外東京急行電鉄株式会社(以下「東急電鉄」という。)を売主、訴外興和不動産株式会社(以下「興和不動産」という。)を買主とする神奈川県伊勢原市西富岡所在の一団の土地(三〇九筆一一万〇五二六坪。以下「本件土地」という。)の売買取引を仲介した際、同日及び昭和四七年一月二五日及び同年三月二五日の三回にわたり、東急電鉄から補填金名目で合計一億七六八四万一六〇〇円(以下「本件補填金」という。)及び仲介手数料名目で四四二一万〇四〇〇円を受領した。

しかし、原告は、右受領の日の属する本件係争年度において、本件補填金のうち一億三二六三万一二〇〇円を預り金とする経理をし、これを当期の収益の額に計上しなかつたので、被告は、右金額を売上(収益)計上漏れと認定し、本件課税処分をした。

以下、右一億三二六三万一二〇〇円が原告の本件係争年度の売上(収益)であることを詳述する。

(二) 本件土地のうちには、地目が宅地、山林、原野、雑種地とされている土地(以下「本件非農地部分」という。)と、田、畑とされている土地(以下「本件農地部分」という。)とがあつたところ、前記筑城弥は、昭和四〇年以前より自己や筑城京子又は原告(以下「筑城ら」という。)の名でこれらの土地を各所有者(以下「旧地主」という。)から買い集めていたが、本件農地部分については、農地法五条の許可を得ていなかつた関係上、右許可を停止条件とする条件付所有権を取得し、その仮登記を経由しただけとなつていた(以下においては、筑城らの取得した非農地部分の所有権と農地部分の条件付所有権とを一括して「本件土地の権利」という。)。そして、筑城らは、昭和四二年一二月二三日から同四三年一一月二九日にかけて、本件土地の権利を東急電鉄に譲渡し、東急電鉄は、前記のとおり、原告の仲介によつて右権利を興和不動産に譲渡したものである。その登記名義は、非農地部分については興和不動産に移転したが、農地部分については旧地主のままであつた。

(三) 右仲介により原告が東急電鉄から受領した本件補填金は、名目上は、将来本件農地部分の所有権移転に伴い登記名義人である旧地主に対して何らかの金員の支払いが必要となつた場合に原告が自らの責任と負担においてこれを処理することを確約し、その費用として東急電鉄から受領したこととなつている。しかし、本件農地部分についての筑城らと東急電鉄との間の売買契約書によれば、東急電鉄が右農地上の権利の代金として筑城らに支払つた金員のうちには「離作補償料及び土地上の支障物件の完全撤去のために要する補償料等一切を含むものとする」とされていて、旧地主に対するいわゆる印鑑代のごとき補填金の支払いは右代金のうちから原告がすべきものとされているのであるし、更に、旧地主と東急電鉄との間においても、旧地主は「東急電鉄に対しいかなる事由があつても金銭につき一切の請求をすることができない」旨の覚書が交わされている。このような東急電鉄の地位はそのまま興和不動産に承継されたのであり、したがつて、東急電鉄が興和不動産に対する本件農地部分の所有権移転を確保するために重ねて旧地主への補填金を自ら負担する理由はまつたくない。

(四) 以上によると、原告が収受した本件補填金は、東急電鉄と興和不動産との間の前記売買を原告が仲介したことに対する報酬であるとみられるから、原告の本件係争年度の売上(収益)に属するというべきである。

三  被告の主張に対する原告の認否及び主張

(認否)

1 被告の主張1の更正の内訳のうち、売上(収益)計上漏れは否認し、その余は認める。

2 (一) 同2(一)の事実は、本件補填金が本件係争年度の収益に属するとの点を除き認める。

(二) 同2(二)の事実は認める。

(三) 同2(三)のうち、筑城らと東急電鉄との間の売買契約書中に被告引用の文言が記載されていることは認めるが、東急電鉄と旧地主との間の覚書の記載内容は不知、その余は否認する。

(四) 同2(四)は否認する。

(主張)

1 本件補填金が授受されたのは、次のような事情によるものである。

(一) 本件土地のうち農地部分については、将来興和不動産のために農地法上の転用許可を受けたうえその所有権移転登記手続並びに引渡しをすることが必要であつたが、登記名義人である旧地主が五〇名を越えていた点、筑城らが旧地主から買い集める際には、東急電鉄が土地開発をするものとして旧地主の協力を得たものであつたのに、東急電鉄が開発をすることなく興和不動産へ転売したため、旧地主から異議の出るおそれがあつた点、本件農地部分はその後市街化調整区域に指定されたことにより所有権移転登記までに長期間を要することになつた点などからして、右登記及び引渡しを完了するためには、極めて煩瑣な事務処理と、旧地主らから離作補償料或いは印鑑代等多大の費用の請求があることが当然予想されるところであつた。

(二) 東急電鉄は、本件農地部分の売主として、興和不動産に対し、その責任と費用で完全な所有権を取得させる債務(以下「完全所有権移転債務」という。)を負担したわけであるが、(一)に述べたような事情があつたところから、その事務処理を円滑に進めるには、旧地主らとの間に面識と信望のある筑城(原告代表者)が適任であると考えられたので、東急電鉄、興和不動産、原告の三者間の契約により、原告が東急電鉄の右債務を引き受け、東急電鉄は債務を免れることとなつた。

(三) そこで、東急電鉄は、同社と興和不動産との間の本件土地売買についての原告の仲介に対する報酬として四四二一万〇四〇〇円、原告の引き受けた右完全所有権移転債務の履行に要する手数料、費用として本件補填金一億七六八四万一六〇〇円を原告に支払つたのである。

2 以上のとおり、本件補填金は、東急電鉄が興和不動産に対して負担していた本件農地部分についての完全所有権移転債務を原告が引き受け、そのための一切の事務処理を請負つたことによる請負代金の前渡金なのであり、被告の主張するような売買の仲介に対する報酬ではない。

3 被告は、筑城らが東急電鉄に対して本来負担していた完全所有権移転債務を履行しさえすれば、東急電鉄の興和不動産に対する義務も当然履行されることになるのであるから、東急電鉄がその義務から免れるために本件補填金のごとき多額の金員を支払ういわれはない旨主張する。けれども、完全な所有権の移転がいつでも可能な状態にあり、かつ、東急電鉄の興和不動産に対する転売が筑城らとの契約と近接した日になされたのであればともかく、本件にあつては、右転売は市街化調整区域指定後であり、かつ、筑城らとの契約から三年も経過した時期になされたのであり、しかも、右転売は、東急電鉄による土地開発のための取得という当初の説明に反し筑城ら及び旧地主の信を裏切るものであつた。筑城らは、旧地主から話が違うといつて非難され、契約の破棄を要求されるおそれがある。したがつて、筑城らの東急電鉄に対する完全所有権移転債務は、消滅したとはいえないまでも、少なくとも筑城らにおいてその履行を拒否し得る性質のものに変化したものというべきである。また、本件においては、登記等についての旧地主に対する協力要請がいつになるかわからず、買上げから相当の長期間を経過することは明らかであり、かかる場合、いつでも登記可能な状態を維持するためには、たえず旧地主と接触する必要があり、そのための費用も無視しえず、更には、実際に所有権移転登記手続に及ぶ際には、仮りに契約書等に一切の金銭の請求をすることができない旨の記載があつても、いわゆる印鑑代その他種々の名目で多額の金員を要求されることがあるのは、不動産取引における常識である。まして、本件では旧地主に対する約束違反があるのである。かかる事情を考えた場合、東急電鉄が、原告の引き受けた完全所有権移転債務の履行に対する諸費用として、本件補填金程度の額の支出をすることは、いわれのないこととはいえないところである。

四  原告の主張に対する被告の認否及び反論

(認否)

1(一) 原告の主張1(一)のうち、本件農地部分につき興和不動産のために所有権移転等の手続をする必要があつたこと、その旧地主が五〇名を越えていたこと、本件農地部分がその後市街化調整区域に指定されたことは認めるが、その余は争う。

(二) 同1(二)の事実のうち、東急電鉄が興和不動産に対して完全所有権移転債務を負担したことは認めるが、その余は争う。

(三) 同1(三)の金員支払の事実は認めるが、本件補填金の趣旨は否認する。

2 原告の主張2、3は争う。

(反論)

1 原告は、本件補填金が本件農地部分についての東急電鉄の興和不動産に対する完全所有権移転債務を、原告が東急電鉄にかわつて履行することを請負つたことに対する前渡金であると主張するが、原告が履行すべき義務の具体的内容、履行期限、義務不履行の場合の損害賠償及び受領した金員の返還義務について何ら取決めがなされていないばかりか、原告が旧地主に対して所有権移転のための費用なるものを実際に支払つた形跡もないのである。

2 東急電鉄が興和不動産に売り渡した本件農地部分についての権利は、従前、東急電鉄が筑城らから取得した権利そのものであつて、東急電鉄において何ら変質させたものではない。先に述べたとおり、原告主張の離作補償料、印鑑代の支払いについては、筑城らと東急電鉄との売買契約において既に解決済みのことであり、また、筑城らは、右売買契約において、東急電鉄もしくはその指定する者の名義に所有権移転登記手続をなす旨を約諾しているのであるから、同人らが右義務を履行すれば、東急電鉄が興和不動産に対して負担する完全所有権移転債務も、自動的に消滅するものであり、実際に東急電鉄が負担した債務は、筑城らの右義務の履行を保証したという程度のものでしかない。原告の主張によれば、東急電鉄は右の解決済みの離作補償料等の支払い及び右履行の保証を免れるために本件補填金のごとき巨額の支出をしたことになり、とうてい首肯できない。

3 原告が東急電鉄に肩代りして負つた本件農地部分についての完全所有権移転債務は、筑城らが東急電鉄に対する義務を履行すれば、原告には何らの負担も及ぼさないのであり、仮りに、筑城らが右義務を履行しなかつたために原告に負担が及んだとしても、それに要した費用は、当然に筑城らから取り立てるべき性質のものである。したがつて、仮りに本件補填金が原告主張の右請負前渡金として授受されたものであつたとしても、原告は何ら実質的な負担をするものでないから、右金員を本件係争年度の収益に計上すべきものである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、また、被告の主張する本件更正の内訳のうち、売上(収益)計上洩れ一億三二六三万一二〇〇円を除くその余の項目についても、当事者間に争いがない。

二  そこで、右売上(収益)計上洩れの存否について判断する。

1  原告代表者である筑城弥は、昭和四〇年以前から筑城らの名で本件土地の権利を旧地主から買い集め、これを昭和四二年から同四三年にかけて東急電鉄に譲渡したこと、東急電鉄は、昭和四六年一二月二一日原告の仲介により右権利を興和不動産に譲渡し、同日及び昭和四七年一月二五日及び同年三月二五日の三回にわたり、原告に対し補填金名目で合計一億七六八四万一六〇〇円及び仲介手数料名目で四四二一万〇四〇〇円(総額二億二一〇五万二〇〇〇円)を支払つたこと、原告は、右補填金のうち一億三二六三万一二〇〇円を預り金として経理し本件係争年度の収益に計上しなかつたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第一、二、五、六号証、乙第一、六号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第三、四号証、乙第二号証と、証人加藤弥、同田野達雄の各証言、原告代表者筑城弥本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件土地のうち非農地部分については、前記各売買に伴い旧地主から東急電鉄を経て興和不動産に移転登記がなされたが、農地部分については、農地法上の転用許可が得られていなかつたため、その登記名義は旧地主のままとなつており(これらの点は争いがない。)、右転用許可申請や登記申請をするためには旧地主の印鑑その他の協力が必要であつた。

そこで、右農地部分の権利を筑城らから買い受けた東急電鉄は、筑城らとの契約において、(1)筑城らは右農地部分の転用許可申請に必要な書類を東急電鉄に交付すべく、右転用許可があつたときは、東急電鉄又はその指定する者の名義に所有権移転登記手続をすること、(2)東急電鉄が支払つた売買代金中には旧地主に対する離作補償料や地上物件撤去補償料等一切を含むものであること、を約定するとともに、旧地主との間においても、旧地主は東急電鉄に対して離作補償料その他一切の金銭上の請求をしない旨の覚書を取り交わした。

(二)  その後、東急電鉄は本件土地の権利を興和不動産に譲渡したが、農地部分に関する契約においては、(1)東急電鉄は興和不動産又はその指定する者に対し転用許可申請及び移転登記に必要な書類を交付すること、(2)旧地主に対する離作料その他一切につき興和不動産に迷惑をかけないこと等が合意された。他方、右契約と同時に、興和不動産、東急電鉄と、筑城のいわゆる個人会社である原告の三者間において協議が行われ、(1)本件農地部分について将来旧地主より離作補償料等の請求があつたときは、興和不動産と原告との間でこれを解決し、東急電鉄には金銭的な負担をかけないこと、(2)興和不動産が将来右農地部分の所有権移転等のために旧地主らの印鑑証明書等を必要とするときは、原告が東急電鉄にかわつて自己の負担でこれを交付すること等を取り決めた。

かくして、結局、本件農地部分の所有権移転については、原告が東急電鉄に肩がわりして直接興和不動産に対して義務を負い、旧地主との関係等も原告が処理することとなつた(この義務を担保するため、原告は興和不動産に対して後日抵当権を設定した。)。

(三)  ところで、東急電鉄は、原告に本件土地の権利の売却の仲介を依頼するにあたり、仲介手数料については具体的な約定をしないまま、希望売値を農地部分、非農地部分とも坪一万七〇〇〇円と指定し、もし売れないときは坪一万五〇〇〇円でもやむをえない旨伝えておいたところ、坪二万円(総額二二億一〇五二万〇〇二〇円)で興和不動産への売却が決つた。右売買契約が調印される直前ごろ、原告は東急電鉄に対し、右売買の仲介に関して三億円くらい貰いたい旨要求したが、東急電鉄は高すぎるとして難色を示し、交渉の末、坪当り二〇〇〇円、総額二億二一〇五万二〇〇〇円を東急電鉄が原告に支払うことで合意した。

(四)  右交渉の過程において、原告は、今後の本件農地部分の所有権移転を円満に処理するためには旧地主に対していわゆる印鑑代等を渡すことも必要になるので、そのことを考慮した額を欲しいと主張し、東急電鉄もこれを了解はしたが、必要な印鑑代等の額についての具体的な話合いは全くされず、交渉は専ら原告に対する支払総額をいくらとするかについて行われた。東急電鉄では、右の坪当たり二〇〇〇円の支払をどのような形式でするかを検討した結果、右二〇〇〇円のうち四〇〇円(総額四四二一万〇四〇〇円)を仲介手数料名目で、残り一六〇〇円(総額一億七六八四万一六〇〇円)を補填金名目で支払うこととし、これと引換えに、「右補填金名目の金員は将来農地の所有権移転に伴い生ずる費用一切を含むものとし、原告の責任と負担により処理することを確約する」旨の覚書を原告から徴した。

しかし、東急電鉄のした右額の振分けは格別の実質的理由があつてのことではなく単なる形式的・便宜的なものであり、原告としても、受領する金員の名目や内訳については何の関心も持つていなかつた。

以上のとおり認められ、原告代表者本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

3  右の事実によれば、原告は、東急電鉄にかわり、興和不動産のために、本件農地部分の転用許可及び所有権移転について自らの負担により旧地主の協力を取りつける義務を負うに至つたとはいうものの、旧地主に対するいわゆる印鑑代等のごとき費用は、将来具体的にいかほどの額を必要とすることになるか未確定であつたうえ、もともと、先にされた筑城らと東急電鉄との間の売買契約において筑城らが受領ずみの代金によりこれを負担するものと定められていたのであるから、形式上は東急電鉄の興和不動産に対する義務を筑城の個人会社である原告が新たに肩がわりしたからといつて、重ねて原告が東急電鉄から旧地主に対する印鑑代等の支払を受けうる筋合ではないというべきである。また、東急電鉄と原告との間で坪当たり二〇〇〇円の支払が取り決められた経過からみても、そのうちの補填金名目の部分に限つて、将来清算や返還の問題を生ずるものであるとか、その他仲介手数料名目の部分と異なる扱いを受けるものであるなどとは、双方とも全く考えていなかつたことが推認されるのである。

これらの諸点を勘案すると、本件補填金名目の金員は、仲介手数料名目の金員と一体をなして、全額が原告のした売買仲介に対する報酬としての性格をもつものであり、原告の主張するような事務処理の請負に対する前渡金ではないと認めるのが相当である。原告の受領した右金額のうちから旧地主に対して印鑑代等を支出すべきことが見込まれていたとしても、それは、ひつきよう、そのような事情をも考慮にいれて仲介報酬の額が決定されたというにとどまるものであり、それ以上に、右額のうちの一部だけを右印鑑代等の前渡金であると認めるべき根拠となるものではない。

4  そうであるとすれば、本件補填金はその全額を取得年度である本件係争年度の収益として計上すべきものであることは、明らかである。そして、その後において原告が現実に旧地主に対して印鑑代等を支払うべきことが具体的に確定したときは、その確定した額を当該年度の損金として控除すれば足りるのである(本件係争年度においては、右の具体的債務として確定していたものがあつたとは認めがたい。)。

結局、本件売上(収益)計上洩れは存在したといわざるをえない。

三  以上により、本件課税処分に原告主張の違法はないから、原告の本訴請求は失当である。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 八丹義人 菊池洋一)

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